Top Page



 理事長プロフィール





FMラジオ番組
「まきの聖修の、出せ静岡の底力」













財政再建なくして経済成長も格差是正も無い


岸田新政権の誤謬とその限界


[2021.10.10]




「新時代共創内閣」と命名された岸田新内閣
PHOTO(C)Mainichi.jp


「再分配」政策の原資が不明な岸田内閣


 10月5日に発足した岸田新内閣は、市場原理主義や新自由主義に基づく経済政策から、所得再分配を伴う「格差是正」を重視する経済政策への転換を掲げている。

 岸田首相は、党総裁選を通じて「小泉内閣以降の新自由主義的政策が、持てる者と持たざる者の格差と分断を生んだ」と主張し、「令和版所得倍増計画」による格差是正と中間層の復活を訴えてきた。

 岸田首相は、「分配なくして次の成長はない」とし、看護師や介護士、保育士などの賃金を政府が主導して引き上げたり、従業員の賃上げに取り組む民間企業に対しては税制上の優遇措置も講じるという。

 また、「非正規労働者や女性」などを対象にした直接給付金や事業者向けの持続化給付金・家賃支援給付金の再支給を検討するとして、「年末までに数十兆円規模の経済対策を取りまとめる」としている。

 ただ、それ以上の具体的な経済政策が開示されていない事から、岸田首相の「所得倍増」への本気度が疑われている。

 第二次安倍政権時代のアベノミクスでは、先ず富裕層や大企業が利益を得て、彼等が消費や投資を増やすことにより、雇用拡大や賃金増が実現され、そうした恩恵が、中小企業をはじめ中間所得層や低所得層まで広く行き渡るものと想定されていた。所謂「トリクルダウン」である。

 しかしながら、2010年代を通じて国内の平均賃金はほとんど伸びなかった。GDPの伸びが20年も停滞したままという国は、先進国では日本だけである。こうなった理由は後で述べる。

 さらに昨年来のコロナ禍は、格差拡大に拍車をかけた。コロナ禍により、中小の店舗は軒並み閉店や休業を余儀なくされ、正規非正規を問わず人々の雇用機会は失われた。

 こうした状況に対し、岸田首相はトリクルダウンではなく、「再分配」を志向している。

 ただし、その「再分配」の財源の裏付けが全く不明である。

 自民党の総裁選中、岸田氏は消費税率については「10年程度は上げることは考えない」と語っていた。

 税収によらずに、一体何に財源を求めるつもりなのだろうか。

 もし岸田首相が構想する「再分配」の財源を、財政規律を無視した赤字国債発行で賄う考えであるとすれば言語道断である。

 ただし、今日の我が国の政界においては、予算規模を拡大させる事で国民からの支持を得ようとするポピュリズムが急速に台頭している。

 先般の自民党総裁選中も、各候補者からは「2%の物価上昇目標の達成まで財政再建を凍結する」あるいは「GDPギャップを埋める財政出動」を提唱するなど、財政規律を無視した積極財政を主張する声が強かった。



政界に蔓延する「財政再建不要論」


 近年、国家財政への危機感が高まるどころか、一部の民間の評論家達によって、「財政再建は不要」という暴論が流布されている。

 財政再建不要論の代表的なものとしては、シムズ理論や現代貨幣理論(MMT)が挙げられる。

 シムズ理論とは、米プリンストン大学のクリストファー・シムズ教授が提唱する「物価水準の財政理論」の事で、政府が財政支出を増やせば増税懸念が薄れ、家計や企業の消費・投資が喚起されてインフレが発生し、相対的に貨幣価値が低下することにより、財政赤字の負担も相対的に低下するという理論である。

 しかしながら、過去10年近くにわたり日本政府が財政支出を増やし続けたにも関わらず、インフレが起きるどころか、デフレがより深刻化し、財政赤字の負担は増加したという事実がある。アベノミクスでGDPが上向く事は無く、横這いに終始した。

 反証可能性の存在が科学であるならば、アベノミクスの失敗によって、シムズ理論の誤謬が証明されたことになる。

 また現代貨幣理論(MMT)は、「国債を自国通貨で発行する政府は、中央銀行がいつでも国債を引き受けて現金化できる」ことから、国家財政が破綻する事はあり得ず、故に「財政再建は必要ない」という理論である。

 しかしながら、第一次大戦後のドイツのハイパーインフレや第二次大戦後の日本の通貨切り下げは、いずれも政府が国債を自国通貨で発行していたにも関わらず発生した事態であった。

 MMT信者は、「敗戦直後のような混乱期は例外だ」などと言うかも知れないが、それでは、1998年の韓国の通貨破綻についてはどうか。これは戦時ではなく平時において発生した。韓国は国債を自国通貨で発行していたにも関わらず、1998年に財政破綻し、IMFの管理下に入った。

 また、MMTの世界観では、自国通貨建て国債であれば「財政赤字が増えても財政は持続する」というが、法人税や所得税や消費税など国民の血税の大半が財政赤字に充てられ、その余力を以て成長分野や福祉に回されるのであれば、成長は停滞し、賃金は低迷、格差も拡大するだけである。

 そもそも、血税の大半が借金返済という「死に金」に回され続ける財政の下で、経済成長など出来るはずがない。

 例えば、生命維持装置を付けた寝たきり患者の生命が維持されている場合、「生きているから健康だ」などと言えるだろうか。

 MMTの理論では、日本の財政政策をMMTの「成功モデル」と位置付けていたが、今日の日本経済の衰退によって、MMTの誤謬が証明されたことになる。

 財政再建不要論は、いずれも誤った理論と言える。

 幸いな事に、日本国内の経済学者や官僚の中で、シムズ理論や現代貨幣理論(MMT)のような財政再建不要論を信じている人物は皆無である。

 ただし問題は、財政再建不要論を信じて飛びついてしまう政党や政治家達が少なからず存在している事にある。

 このため、今日の我が国における財政問題に関する政策論議は、財政再建の具体策が論じられるよりも、財政再建の必要性の有無が論じられるという退行現象が起きている。

「失われた20年」の要因は、膨大な国債残高の累積にも関わらず、20年以上もの間、ゼロ金利状態が続いた「日本国債のパラドックス」と呼ばれる現象にある。

 国債金利が上がると債務の利払い負担に政府が耐えられなくなる為、日銀としては公定歩合を上げられない状況に陥っている。また日銀は、債権相場が下落して長期金利が上がらないように、国債償還にも血道を上げている。

 一方、過去20年間のOECD諸国のGDPが着実に伸び、経済成長をしているのは、いずれの国々も一定の金利水準を維持し続けているからである。

 例えば、長期金利が7パーセントの国であれば、放っておいてもGDPは10年間で倍になる。長期金利が5パーセントであれば、特に何もしなくてもGDPは15年間で倍になる。

 これとは逆に、日本のようにゼロ金利が続いた場合、GDPが全く伸びないのは必然であり、不思議でも何でもない。

 むしろ、ゼロ金利状態を維持したままでGDPを伸ばそうとする事の方が無理な相談であり、「木に縁りて魚を求む」に等しい行為である。

「1人当たりGDP」の世界ランキングは、1990年には日本が世界1位であったが、2020年には26位にまで転落した。これは先進国のほぼ最低水準であるが、20年以上もゼロ金利を続けていれば当然の結果と言える。

 今回、「令和版所得倍増計画」を提起した岸田首相だが、もし本気で「所得倍増」を実現しようとするならば、ゼロ金利から脱却して、最低でも2パーセントの公定歩合が必要となる。それでもGDPの「倍増」を実現するには、35年を要することになる。

 現状のゼロ金利状態のままで「所得倍増」が実現する事は、太陽が西から上ってもあり得ない事である。

 そして、ゼロ金利から脱却する上で、絶対的に必要不可欠な課題が、「財政再建」である。日本経済の今後の「百年の大計」を考えれば、一にも二にも「財政再建」無しには何一つ進まないであろう。

 しかしながら現在の日本においては、消費増税や公共事業削減などが景気に与えるリスクの方が強調される風潮がある。

「財政再建は日本経済にとってリスクである」という誤解が、国中に蔓延してしまっているのである。

 そして、こうした風潮に便乗する政党やポピュリズム政治家が次から次へと沸いてくるのが現状である。

 だが、財政再建をしない事の方が、日本経済にとっては遥かにリスクなのである。

 国の長期債務残高は、今年3月末に1010兆円に達した。債務残高はこの10年で約1・5倍に急増している。

 これでは、たとえ1パーセント程度の金利上昇でも、国債の利払い費が年10兆円単位で累積していくことになる。

 長年放置され続けてきた「財政再建」のこれ以上の先送りは許されない。

「経済成長」の大前提としては、先ず「財政再建」を実現してゼロ金利という最大の桎梏を取り除き、日本経済を根本から立て直す大改革が必要とされる。

 さもなければ、半世紀後には「先進国」の地位からも転落する可能性がある。

 日銀が発行するマネタリーベースは2021年8月時点ですでに661兆円にも上る。財政が健全化しないままの状態でインフレに一旦火が付けば、膨大なマネーが市場に回り始め、コントロールが効かなくなるリスクがある。

 2020年度の国の一般会計歳出は170兆円を超え、年60兆円程度の税収では到底賄えない。不足分は新規の国債発行で穴埋めする他、満期を迎えた国債の返済に充てる「借換債」も発行し、借金で借金を返すという状態である。

 かくして昨年度の新規国債の発行額は112兆円に上り、借り換えを含めた国債の発行額は250兆円を超えた。国と地方を合わせたプライマリーバランスも対GDP比で悪化している。

 単年度で税収の4倍以上の借金をすること自体がすでに異常事態である。

 だが、こうした異常事態も長年続いていると、感覚が麻痺して、このままずっとやって行けそうに錯覚してしまうのが人間の心理である。

 先に述べた「財政再建不要論」は、そうした異常心理によって産み出された異常な「理論」と言えるだろう。

 耳障りの良い「財政再建不要論」や財政規律を失った政策を唱える政党や政治家には要注意である。

 国が亡びる時には、「一億総特攻」のスローガンのように、異常な事でも正常な事のように錯覚させられるのである。



財政再建なくして経済成長も格差是正も無い


 近年の我が国における政策論争は、「財政再建」「経済成長」「格差是正」の三大テーマについて、優先順位をどのようにつけるかの争いでもある。

 第二次安倍政権以来、政府与党は「経済成長」を最優先事項として国民を説得しようとしてきた。

 長年、政府与党は「成長なくして財政再建なし」と唱えてきたが、それは「成長すれば税収増に繋がるから財政再建は不要」という楽観論をもたらし、結果として膨大な債務残高が累積された。

 財政が根本的に健全化されなければ、いつまで経ってもゼロ金利から脱却出来ず、日本経済は半永久的に横這いを続けることになる。

 一方野党は、「格差是正」を最優先事項として訴えてきた。

 しかしながら、「格差是正」の財源確保の為に国債を大量発行するようでは本末転倒であり、持続可能性に乏しい政策である事を、多くの国民は気付いている。

 再分配政策を拡充し持続させる為には、先ずは国家財政自体が持続可能でなければならない。

 企業の「内部留保への課税」を主張している政治家もいるが、企業にとっての内部留保とは、一般家庭における「貯金」のようなものであり、多くの銀行が貸し渋る中、金融機関からの借り入れが出来ない為に蓄えているケースが多く、一律に内部留保に課税した場合、最も困るのは、課税に伴ってリストラされる一般従業員である。シワ寄せは常に底辺層に来るだけである。

「経済成長」は格差拡大をもたらし、「格差是正」は財政を圧迫する。

「経済成長」も「格差是正」も、いずれも財政が健全化されなければ実現不可能な「机上の空論」に過ぎず、持続可能性を持ち得ないのである。

 大衆におもねり、耳障りの良い事ばかりを言う政治家達に、国民はうんざりしている。選挙の投票率が低いのも当然であろう。

 与野党ともに、国民が心底から支持出来るような説得力のある政策を打ち出せないのが現状である。

 今こそ、たとえ国民の耳に痛い事であっても、「財政再建」を最優先課題とする真に誠意ある政党や政治家が求められる。

 かつて橋本政権と小泉政権は、「財政再建」を唱え、尽力した政権であった。

  しかしながら、1997年の消費増税をはじめ、財政再建のみを強行した唯一の政権であった橋本政権は、国民的支持を短期間で失い、退陣した。

 一方、小泉政権は、長期政権であったにも関わらず、一度も消費増税を行わず、財政再建は中途半端に終わった。

 今月成立した岸田新政権は、「分配なくして次の成長はない」と言いながら、「10年間は消費増税はしない」とも明言していることから、財政再建は後回しにし、国債を乱発して「格差是正」を強行するつもりのようである。

 この点で、国債を乱発して「経済成長」を目指し、失敗に終わった第二次安倍政権とは、鏡に映したように瓜二つである。

 では、岸田首相の目指す「再分配」は、果たして有効なのであろうか。

 日本において格差が拡大しているのは事実である。

 ただしそれは、米国のように超富裕層が資産を拡大させているタイプの社会ではなく、日本の場合は社会全体が貧しくなり、その過程で低所得層が増加して形成された格差である。

 その為、「金持ちから取り上げて貧しい人に配る」という古典的な解決策は通用しない。

 米国とは違って、日本では超富裕層はごく僅かしか存在せず、彼等に課税して得られる税収を貧困層に分配したところで微々たるものであり、到底「再分配」の原資にはなり得ない。

 結局のところ、「再分配」の原資を、「消費増税」のような形で広く国民に求めるしか選択肢が無くなるのだが、それを実施すれば国民が一斉に節約モードに入り、デフレ経済に更に拍車がかかるというジレンマに陥る。

 我が国において「格差是正」が叫ばれながら、一向に実施されなかった背景には、こうした事情がある。

 それでも「格差是正」を強行しようとすれば、「赤字国債の発行」という禁じ手をとらざるを得ず、「日銀の国債引き受け」という禁じ手との合わせ技で、財政規律を破壊し続ける事になる。

「財政再建」の課題は更に先送りされる事になり、ゼロ金利からの脱却はますます困難になり、GDPが上向く事も無くなる。

 こうした状況で岸田首相が「所得倍増」を唱えているのだとすれば、単なるジョークとしか思えない。

 岸田首相は、教育費や住居費の支援、介護士や看護師など公的な業務従事者の賃上げなどを通じて国民の所得を増やし、これを消費拡大の原動力にするなどと唱えているが、当然の事ながら、これら一連の支援を実施するには多額の原資が必要となる。

 だが岸田首相には、原資については何の根拠も無いようである。

 総裁選当日の記者会見で、「分配が成長につながるメカニズムとその原資」について質問されたのに対し、岸田氏は、「成長の果実が一部の人に留まっている」「格差を是正することで消費を拡大できる」などと述べていた。

「成長の果実が一部の人に留まっている」とは、すでに経済成長が実現されており、その富を一部の少数者が独占している状態にある事が前提となる。

 しかしながら、現在の日本は全くそのような状態にはない。

 どうやら岸田首相は、「アベノミクスからの転換」を唱えながら、アベノミクスが成功したものと信じているようである。

 第二次安倍政権の全期間において、GDPが一貫して横這いの状態に終始した事から、アベノミクスによる経済成長が一切無かった事は明らかであり、事実としてアベノミクスは失敗に終わったのである。

 そもそも経済成長そのものが実現されておらず、世界経済における日本経済の相対的縮小に伴って、国内の貧困化が進行しているのが現在の日本の実態である。

 根本的な事実誤認をしている人物が、首相として官邸主導の政治に乗り出し、これからの日本経済をミスリードしてゆくとすれば、恐ろしい事である。

「財政再建」なくして「経済成長」も「格差是正」も無い。これが真実である。

 また、財政が健全化されなければ、近い将来に予想される南海トラフ地震を始め、今後の巨大災害への迅速な対応も不可能となる。

 平時における健全な財政が、非常時における迅速な財政出動をも可能にする。

 先ずは、国民の生命と財産を守る事こそが、政府の真の役割である事を肝に銘ずるべきである。












《財団概要》

名称:
一般財団法人 人権財団

設立日
2015年 9月28日

理事長:
牧野 聖修
(まきの せいしゅう)




 定款(PDFファイル)




《連絡先

一般財団法人
人権財団本部
〒100-0014
東京都千代田区永田町2-9-6
十全ビル 306号
TEL: 03-5501-3413