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FMラジオ番組
「まきの聖修の、出せ静岡の底力」













「平成」という時代を総括する


日本の没落の時代


[2019.4.15]




平成22年と23年に英「エコノミクス」誌の表紙を飾ったイラスト
(C)The Economist



「日本の没落の時代」としての平成


 いよいよ残り半月で、「平成」という時代が終わろうとしている。

 そこで今一度、この平成時代の歴史的意味について考えてみたい。

 結論から言えば、平成の30年間は、国際社会における日本の地位が急速に低下したプロセスであった。

 数百年後の人々が、1989年から2019年までの平成時代の歴史を振り返る場合、「日本の没落の時代」として語られる事は間違いないだろう。

 平成元年は今から30年前の1989年であるが、その頃はバブルの真っ最中ということもあり、日本経済の絶頂期であった。

 当時、世界全体のGDPに占める米国の割合は約25%で、日本は約18%であった。日本は米国と遜色ない経済力を保有し、日米両国で全世界のGDPの4割以上を占めていた時代であった。

 また、日本の一人当たりのGDPは、円高の影響もあり、ドル換算では米国を上回り世界一であった。

 しかしながら、平成23年には日本のGDPは中国に追い抜かれ、現在ではGDPは中国の半分になってしまった。

 日本の一人当たりGDPも下落の一途を辿り、平成27年には世界27位(先進諸国の最下位)にまで転落した。

 ちなみに世界全体のGDPに占める日本の割合は、昨年度では約6%に過ぎず、かつてのように「経済大国」という表現も通用しなくなりつつある。

 中国のGDPが米国を追い抜く事が予想される2030年(令和12年)頃には、日本のGDPは中国の10分の1になるものと予測されている。

 凋落しているのはGDPだけではない。

 スイスの国際経営開発研究所(IMD)が毎年発表している「国際競争力ランキング」では、日本は平成元年から4年間にわたって世界第1位の座に君臨していたのだったが、平成30年には、日本の国際競争力は先進国最低水準の第25位にまで転落している。

 世界の時価総額ランキングも、平成元年には日本企業が世界の上位50社の内32社も占めていたにも関わらず、平成30年では世界の上位50社に入っているのはトヨタ1社のみであり、しかも35位という状態である。

 なお、世界の時価総額ランキング上位には、米国や中国のIT系企業が大半を占めており、日本企業は見る影も無い。

 今や、世界はGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)を擁する米国と、BATH(バイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウェイ)を擁する中国が、世界経済の覇権を巡って熾烈に争う様相となっている。

 当然の事ながら、そこに日本が入り込める余地は全く無い。

 こうした日本の衰退は、世界主要国がデジタル革命を通じて、次なる「AI時代」へと移行しつつある世界史的潮流に、日本政府や日本企業が適応出来なかった結果と言える。

 これは、かつて19世紀に「帝国主義時代」の世界的潮流に適応出来なかった支那や印度の悲劇に相当する事態である。



国家ビジョンすら描けない日本政府


「日本の没落の時代」とは、言い換えれば、「日本が世界から取り残された時代」でもある。

 世界中が日本を置き去りにして、前へ前へと進み続けている中、日本だけがその事に気付くことなく、これまでの「成功体験」や「過去の栄光」に満足し続けていたのが平成の日本社会であった。

 なお、このままでは今後も、こうした状態が続くものと思われる。

 1990年代以降、日本が没落した要因は、一般的には「バブル崩壊」だと考えられている。

 しかしながら、「失われた10年」が、やがて「失われた20年」となり、さらに「失われた30年」になってしまった根本原因は、日本政府が、いつまでも戦後高度経済成長期の価値観の延長線上で行動し続け、対応し続けた結果である。

 「失われた30年」は、いわば政府によってもたらされた二次災害、三次災害であると言ってもよい。

 時代の変化の本質を全く理解せず、過去に刷り込まれた思い込みや価値観によって政治をやり続けた場合、一体どうなってしまうのかという見本が、平成日本の姿であった。

 その典型的なサンプルが安倍内閣である。

 戦後高度経済成長期の価値観といえば、例えば、「円安にすれば輸出立国である日本の経済は発展する」などといったステレオタイプの経済観である。

 そもそも第二次安倍内閣発足当初の2012年時点には、国内製造業は空洞化し、すでに我が国が輸出立国ではなくなっていたにも関わらず、政府と日銀が一体となって「異次元の金融緩和」や円安誘導の「日本売り」を推進し、結果として我が国の「三等国」化がもたらされたのである。

 米中が、次世代情報通信インフラの覇権を賭け、国家の総力を挙げて戦っている最中、ひとり日本だけが「やれ円安だ」「緩やかな景気回復だ」などと、ほとんど意味の無いぬか喜びをしていたのだから、これで国が発展していたらむしろ不思議と言えよう。

 今さら言っても遅いが、「アベノミクス」など最初からやるべきではなかった。

 本来ならば、日本政府は「次世代高度通信システムの世界標準は、日本こそが作る」といった国家目標を高々と掲げ、官民一体となって戦略を策定し、AI関連産業の発展に向け総力を投入すべきであった。

 安倍内閣は、こうした国家の興廃を決する最重要課題には全く手を付けず、その一方で、的外れな金融ゲームに没頭し続けていたのである。

 出口の無い金融緩和政策はあり得ない。いずれは金融引き締めに転換せざるを得ない事は確実である。

 アベノミクスによって現在まで続けられてきた金融緩和を停止すると、市場は逆回転を開始する為、必然的に金利は急上昇することになる。

 そうすれば、1000兆円に上る債務の金利負担によって日本の国家財政は破綻を免れない。

 近年、似非経済学者の間では、「国家財政に貸借対照表を導入すれば、国家が保有する資産の規模で国家の債務は十分賄えるから、実質上の国家債務はゼロだ」などという暴論が罷り通っているが、その論はあくまでゼロ金利状態が大前提の話に過ぎない。

 アベノミクス終了と共に、金利は高騰する。

 国債発行残高が1000兆円もあれば、金利が1パーセント上昇する毎に、年間10兆円分の利払い経費が自動的に発生してくることになる。

 そうなれば、また新たに利払いの為の国債を発行しなければならず、後は雪ダルマ式に国債発行残高が増加することになる。

 かくして、国家の負債規模は国家保有の資産規模を遥かに超えて膨張し続ける為、上記の似非経済学者の論は成立しなくなる。

 つまり、アベノミクスの末路は、極めて高い確率で日本崩壊に直結しているのである。

 安倍内閣の施政やアベノミクスに対しては、やがて厳しい評価や審判が下されるであろう。

 では、そもそも何故に日本政府は、己の国家戦略や国家ビジョンすらまともに描けない存在と化してしまったのだろうか。

 その最大の原因は、平成元年から2年にかけて行われた「日米構造協議」にある。

 事実上、「日米構造協議によって日本は没落した」と言っても過言ではない。

 この問題については、また稿を改めて論じることにしたい。

 いずれにせよ、この30年間、日本は凋落の一途を辿ってきた。

 それが平成という時代であった。











《財団概要》

名称:
一般財団法人 人権財団

設立日
2015年 9月28日

理事長:
牧野 聖修
(まきの せいしゅう)




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